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第4話 1か月だけ、俺の彼女になってください

Autor: 6jay
last update Data de publicação: 2026-09-15 21:30:32

土曜日、午前8時。

東京・南青山にあるLUXEエンターテインメント本社、18階の大会議室では、ニュースの通知音が立て続けに鳴っていた。

正面のスクリーンには、昨夜浮上した神宮寺律の熱愛報道と、誹謗中傷の投稿数の推移が映し出されている。

国内トップのボーイズグループ、NOVAの新作リリースまで、およそ1か月。

その直前に起きた、大きすぎるスキャンダルだった。

「水瀬さん。これはいったい、どういうことですか」

NOVAの統括プロデューサーも務める黒川社長が、こめかみを押さえて深くため息をついた。

紗奈は両手を膝にそろえ、頭を下げた。

昨夜から記者の電話と知人のメッセージが何百件も押し寄せ、スマートフォンの充電はとうに切れていた。

「申し訳ありません。私情で取り乱して、神宮寺さんにも会社にも、大変なご迷惑をおかけしました」

震えそうになる声を整え、黒川の目をまっすぐに見る。

「今すぐ、私の名前と顔を出して謝罪文を公表します。神宮寺さんには一切非がなく、私が衝動的にすがりついて、一方的にキスしたと説明します」

自分のディレクターとしての経歴が傷ついても、律の名誉まで巻き込むわけにはいかなかった。

必要なら、自分が前に出て責任を負うつもりだった。

そのとき、会議室のドアが勢いよく開いた。

黒いキャップを目深にかぶった男が、大股で入ってくる。

ラフな黒のジップパーカー姿だったが、長身とこわばった表情だけで、役員たちの視線が一斉に集まった。

律だった。

「一方的だった? そんな、つじつまの合わない嘘を公式見解にするつもりですか」

低い声が、会議室に通った。

律は紗奈の隣の革張りの椅子を引き、そのまま腰を下ろした。

「律! どれだけ深刻な状況かわかってるのか? ファンが大騒ぎしてるんだぞ。まずは交際を否定するリリースを出して、法的対応も打ち出さないと――」

黒川が立ち上がって声を荒らげる。

律は短く鼻で笑い、持っていたタブレットをテーブルの中央へ滑らせた。

「否定すれば信じてもらえると思いますか。写真の角度も解像度も、見ましたよね。2度目は俺から腰を抱いてキスしてる。それを今さら、ストーカーに無理やりされたなんて言ったら、俺まで最低の嘘つきになる」

役員たちが口を閉ざした。

律は画面をスワイプし、続けた。

「それに、本当に問題なのは報道より、一ノ瀬側です」

映ったのは、LUXEの広報部が匿名の情報提供によって入手した、ZENITHの対外対応案だった。

〈水瀬紗奈の過去を利用したネガティブ情報の拡散計画〉

〈無名時代の一ノ瀬蓮につきまとい、より格上の神宮寺律に乗り換えようとした、悪質な売名女というイメージを形成〉

文書の下には、接触予定の媒体と配信時刻まで記されていた。

広報部長が、送信元のアカウントと外部PR会社のメール原本も確保した、と補足する。

「最初の配信予定は午前11時30分です。止めても、別のアカウントから流される可能性があります」

壁の時計は、午前8時17分を指していた。

対応を決めるまで、あと3時間余りしかない。

紗奈は画面から目を離せなかった。

3年間、身を削って支えた男が、今度は自分を社会的に葬る準備をしている。

膝の上の指が、ゆっくりと丸まった。

律が、その手のすぐ隣に自分の手を置いた。触れはしない。ただ、紗奈が呼吸を整えるまで、そこに置いていた。

それから黒川と広報の役員たちに向き直った。

「今日の正午に、正式なコメントを出します。『テレビ局での一件をきっかけに互いの気持ちを確かめ、真剣な交際を始めました』と」

「は? 律、お前、正気か!」

「正気です。恋人のふりをして公表し、正面から対応する。彼女を正式な交際相手だと認めれば、一ノ瀬側がデマを流しても、何のための攻撃なのかが見えやすくなる」

攻撃される前に、世間に伝わる構図を変える。

戦略としては理解できた。けれど紗奈には、律が自分の名前もキャリアも、すべて賭けると言っているように聞こえた。

律は立ち上がったが、紗奈の手を取ろうとはしなかった。

代わりにテーブルの上で手のひらを開き、返事を待つ。

「水瀬さん」

その声だけが、少し柔らかくなった。

「嫌なら、別の方法を探します。あの謝罪文も、あなたをストーカー扱いする記事も、出させません」

紗奈は差し出された手と、律の顔を交互に見た。

「それでも、この方法を選ぶのはどうしてですか」

答えを待たずに、もう一つ聞いた。

「交際を認めて、ファンが離れたら? 新作の売上が落ちても、いいってことですか」

「その責任は俺が負います。あなたに押しつけたりしません」

律の口元が、ほんの少しだけ上がった。

「昨夜のキスを、後悔していないので」

紗奈はしばらくためらったあと、開かれた手のひらに、自分の手を重ねた。

彼女が手を引かないことを確かめて、律の指が優しく包む。

「1か月だけ、俺の彼女になってください」

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  • トップアイドルの彼の浮気を目撃したので、ライバルのセンターにキスしました   第16話 崩れ始めたトップスター

    月曜日、午前10時。南青山のLUXE本社、18階のVIP応接室。厚いブラインドを下ろした室内で、紗奈と律は、莉々花と向かい合って座っていた。キャップを目深にかぶった莉々花の目元は、一晩泣いたせいか、赤く腫れていた。「水瀬さん……本当に、申し訳ありませんでした」莉々花は頭を下げ、外付けドライブと厚いファイルを、そっとテーブルに置いた。「蓮くんが私に言っていたことと、紗奈さんを男目当ての売名女に仕立てるために、事務所の広報と相談していた〈Secret Talk〉のやりとりです。全部入っています」紗奈は、すぐにはドライブに触れなかった。「あの日、楽屋であったことまで、なくなるわけではありません」莉々花の顔を見て、続ける。「証拠を渡す代わりに、記事から自分を外してほしい。そういう条件なら受けられません。事実は話してほしい。でも、あなたの選択には、あなたが責任を持ってください」莉々花はしばらく答えられずにいた。やがて、うなずいた。「わかっています。だから、もう隠すのをやめようと思いました」膝の上の手を握り直した。「見返りは求めません。私のしたことも含めて、話します」用意してきた自筆の経緯書も差し出した。日付、場所、蓮のほうから連絡してきた経緯が、時系列で並んでいる。法務部が手配したデジタル解析の担当者は、書き込みを防ぐ装置を通して元のドライブを接続し、まず複製を作った。確認を終えたファイルが、順にモニターへ開かれた。蓮が新人グループのメンバー3、4人と同時につき合っていたことを示すメッセージ画面と、私的な写真。舞台裏でダンサーやスタイリストに「お前なんか、俺のひと言でこの業界にいられなくなるんだよ」と暴言を浴びせた録音、12件。さらに、紗奈を〈神宮寺律に乗り換えた売名女〉と印象づけるため、ゴシップ媒体の関係者へ数百万円を渡した口座取引の記録まであった。「蓮くんは、誰にも誠実じゃないんです。私も、利用されて捨てられました」莉々花は両手を膝にそろえ、続けた。「あの人が何をしたのか明らかにするためなら、証言も証拠も使ってください。必要なら、取材も受けます。法廷でも話します」紗奈は黙ってうなずいた。莉々花が退出したあと、法務部と外部の弁護士たちが応接室へ入ってきた。紗奈と律も加わり、ここ数日で集めた資料に、証拠番号と説明をつけてい

  • トップアイドルの彼の浮気を目撃したので、ライバルのセンターにキスしました   第15話 「もう一度、やり直そう」

    蓮は、地下駐車場の床から立ち上がれずにいた。それでも紗奈は、迷わずエレベーターに乗った。閉じたドアの向こうで、絶望したような声が途切れる。部屋に入ると、玄関の鍵を2つともかけ、バッグを下ろした。窓から外を見ると、駐車場から追い出された蓮が、エントランスの前の街灯の下に座り込み、ぼんやり上を見上げていた。夜の霞の中でふらつく姿は、華やかな照明を浴びていたトップスターとは、かけ離れていた。3年間の想いと献身を踏みにじった男が、今は中身のない自分の看板を守ろうと、あがいている。再び、インターホンがけたたましく鳴った。通話ボタンを押すと、割れたようにかすれた声が流れてきた。「紗奈……頼む。莉々花とは今すぐ完全に切る! 事務所に言って、お前との交際を公表するし、1年以内に結婚するって発表する! 全部元に戻すから、もう一度やり直そう!」紗奈は冷たく笑った。結婚という言葉すら、自分の転落を止める盾にするのか。3年間、あれほど聞きたかった言葉だった。それを今、崖っぷちに立ってから、取引のカードとして差し出してくる。紗奈は笑うのをやめ、モニターをまっすぐに見た。「蓮」声は、インターホン越しでもはっきり届いた。「私が好きだった一ノ瀬蓮は、もういない。今目の前にいるのは、沈みかけて手当たり次第にすがりついてる、自分勝手な嘘つきだけ」「紗奈……! お前がいなきゃ、本当に終わるんだよ! 1回だけ、俺の人生を助けてくれ! お前の言うとおり、何でもするから!」「警察に来てもらってる。まだ居座るなら、今日の映像も渡して、全部説明するから」紗奈は通話終了を押し、スピーカーを切った。しばらくして、警備員と駆けつけた警察官が蓮の身元を確認し、敷地の外へ連れ出した。紗奈は、蓮が近づいてきた場面の映る駐車場の防犯カメラ映像も、保存を依頼した。追い出された蓮は、怒りと恐怖の混じった顔で、西麻布の会員制バーへ向かった。* * *午前1時。奥まったVIPルームのドアが開き、酒瓶を持った蓮がふらつきながら入ってきた。部屋には、連絡を受けてやってきた莉々花が、不安そうな顔で座っていた。近づきながら、心配そうに声をかける。「蓮くん、大丈夫? 昼間のステージの反応で、事務所が大変なことになってるって……」蓮はその顔を見るなり、注いだばかりのウイスキーグラスを、

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